利用許諾契約書

このurlで示される文書はGFDLに基づいて利用することができます(GFDL日本語訳)。ただしこの利用許諾契約書そのものは改変できません。

原著作者:【むじん書院】

馬良

馬良は字を季常といい、襄陽宜城の人である。兄弟五人は揃って才能名声があったが、当時の人々は彼らについて「馬氏の五常のうち、白眉が最良である」と語っていた。馬良の眉には白い毛が混じっていたので、こう呼んだのである。

先主(劉備)は荊州を領したとき、馬良を召し寄せて従事とした。諸葛亮が蜀に入ると、馬良は手紙を送って言った。「雒城が陥落したのは、ほとんど天の賜り物と言えましょう。兄上は時期に呼応して治世を補佐され、偉業に従って国家を輝かせておられ、月の満ちゆく兆しが現れております。そもそも変化するにあたって用いるものは平素の配慮、審議するにあたって貴ぶものは明察の徹底であり、才能を選んでこそ、その時代に適合することができるのです。もし光を和らげて遠方を喜ばせ、恩徳を天地に馳せたなら、時代は命令に従い、世間は道義に服するでありましょう。神妙なる音楽に等しくなり、鄭・衛の音楽は正され、利益は事業に統合され、倫理は逸脱することがなくなりましょう。それこそが管弦の極致であり、(伯)牙・(師)曠の調べなのでございます。鍾期でない者とて、(節を)叩いて賞賛せずにおれましょうか!」諸葛亮はそれを聞いて、分別ある言葉だと思い、彼を深く尊重した。

先主は馬良を召し寄せて左将軍掾とした。のちに使者として呉へと東行させ、孫権と友好関係を結ばせた。馬良は諸葛亮に告げた。「ただいま国家のご命令を奉じて両家を和睦させることになりました。馬良を孫将軍にご紹介くだされば幸いに存じまするが、よろしゅうございますか?」諸葛亮が言った。「君が試しに自分で文章を書いてみなさい。」馬良はすぐさま草稿を作った。「わが君は掾の馬良を遣し、挨拶を通じて友好を継がせられ、昆吾・豕韋の功績を継承したいお考えです。この者はよき人物であり、荊楚の英才であります。瞬発する華やかさは控えめですが、貫徹する美しさを持っております。願わくば、御心を枉げてお受けくださり、使命を授かった者をお慰めくださいますよう。」

先主は尊号を称すると、(馬良を)侍中とした。東行して呉を征討するに際し、馬良を武陵に送り込んで、五渓の蛮夷を招き入れさせた。蛮夷の渠帥はみな官印・称号を拝受し、みな指図に従った。ちょうどそのとき先主が夷陵で敗北し、馬良もまた殺害された。

子の馬秉は騎都尉になった。馬良の弟が馬謖である。